スクライド
December 28, 2004
スクライド SS 「花」

「どうして? いつも本土へ帰れとばかり。 どうして分かってはくれないの、劉鳳・・・」
聞こえて来たのは可憐なあの人の声。
ま、その声が悲しみに染まっている原困はいつものあれだろう。
何とも余裕のない男だよ、
「そこのお兄さん?」
奴のクールを装った表情が、角をまがった所でオレを見とめて一瞬、炎にゆれる。
立ち聞きか、とでも非難したそうに。
だが、その感情の揺れもすぐにその仮面の下にしまいこむ。
「何だ」
何をいつもそんなに気負っているんだか、この若造は。
「いや、可憐な花に露がのるのも美しくはありますが、オレとしては華やかに咲いている方が好みだな、と唐突に思いまして」
「・・・何が言いたい」
おどけて言ったつもりだったが、やはり一応、意味は通じてしまったらしい。
苦笑しながらも、続けた。
「いえ、花は大切にかこいすぎても枯れてしまうものでしてね。 適度に自由に外へ出し、それでもその輝きを守るのが愛でる者の役目、というのはこの本からの引用なのですが。 私も少し実践してみようかと思い・・・どうです? あなたも」
そう笑顔で近づいた自分から一歩下がり、目の前の男はその赤い瞳に、いらだたせたような、いやその奥には悔しさも見えるよう複雑な色を浮かべる。
あくまで、その瞳だけに。
強情な男。強い男。信念の男。
だが、はかなさを拭えない男。
それが何か口を開こうとする前に、オレは転く手を上げた。
「と、つい長話失礼。オレは早速、花を愛でに行って参ります。
あ、やりすぎて刺をさされないよう気はつけますよ」
「クーガー!」
さすがに鈍感な君にもニュアンスは伝わったのだろう。
瞬間、クールでいなせな覆いからボロが出たような、焦った声が背中からかかったことに笑いをこぼし、角を曲がりながら後ろ手にひらひらと手をふっておいた。
まあ、あいつのお姫様を大切に本土の安全の中、争いなど知らずに清いまま置いておきたいと願う気持ち、彼女を聖城とする気持ちは、分からないでもないが・・・
通路の窓にもたれ、風にふかれる横顔を見て思う。
貴女はお前が思っている以上に強く気高い花だぜ?
ねえ、
「みのりさん?」
はっと気づいた彼女。黒髪をひるがえしてこちらへふり向くなり、
「クーガーさん。水守です」
と即訂正する。と、同時に先程まで目元で光っていた雫をふりはらう。
ほら、な。
「もし良かったらご夕食でも一緒にいかがでしょう? みのりさん」
「水守です。えっと、夕食ですか・・・?」
少し迷うようなそぶり。
「もちろん、その後ロマンチックな所へもぜひエスコート・・・」
紳士的に礼をしようとしたその時。
「みも・・・!いや、桐生さん!」
背後から響く声。
誰かなんて言わずもがな。
「劉鳳?」
いきなりひき返して来た男に、きょとんとする彼女の肩を、どさくさにオレは引き寄せた。
奴が目元をかすかに険しくするのを見逃さない。
本当にからかい甲斐のある方だ。
「桐生さん、医療班の主任が貴女を呼んでいました。早めに行った方が良いでしょう」
大方、嘘でもないが本当でもないだろう。
つまり、きっと急ぎの用ではない。
「おやおや、みのりさんは今からオレと共にディナーへ出かけるのですが」
「水守です。でも劉鳳、さっきはそんなこと一言も・・・」
「予定が変わったのでしょう」
オレの手をにらみながら言ってのける劉鳳の態度に、少しからかいすぎたかなと思いつつ。
まあ、花を泣かせたのだからこのくらいの亊は許可されるだろう。
「では仕方ないですね、本っ当に残念なのですが。みのりさん。ロマンティックなディナーは次の機会に」
隣りで彼女が再び、名を訂正しようとする口元に、ふっとひとさし指を近づける。
驚いて止まる彼女と、思わず反応する劉鳳が視界に入る。
「そうそう、一つ教えてさし上げましょう。彼にとっての聖域は、オレにとってもそうなんですよ」
「え?」
良く分からなかったのか目をぱちくりさせる彼女。
から視線をそらし、まだ少し目を見開いている劉鳳へいたずらっぽい笑みを浮かべ、その場を去る。
こういう『文化的生活』の楽しみ方もいいものだ
たとえ、長くは手にしていられないとしても
花が、常に別の光へと向いていたとしても
花が、求めた真実の空に迷い、傷ついたとしても
オレの『速さ』で、オレの大切なものは守ろうと。
そういう生き方もまた良いかと。
ねえ、『みもり』さん?
June 28, 2004
スクライド 「光の行き着く場所」

「こんにちは、おじさん、おばさん」
小さく会釈して微笑むのは、ふんわりした栗色の髪を持つ少女。
といっても、そろそろ女性になりかけという、麗しい年頃だった。
「ああ、かなみちゃん。毎日ありがとうねぇ」
「本当、いつもせっせと働いてくれて。真面目で気が利くし、おまけにこんなにべっぴんに育って。近頃じゃきっと寄り付く男に欠かないだろう。ほら、確か隣街のジャックとかも・・・」
冷やかすようなおじさんの口調に、隣のおばさんの肘打ちが入る。
「何言ってんだい、かなみちゃんにはもう心に決めた人がいるだろう」
「え?ああ、本当たまにしか帰ってこないあのチンピラみたいな・・・」
「あんた!」
「あっ、いや」
悪く言ってしまったことをまずいと思ったのだろう、口ごもるおじさんに、少女は気にしないで下さいというように微笑む。
「いえ、カズくん、本当に甲斐性なしですから。だめだめだし。・・・でも、強くて優しい人・・・あ、取れた作物、倉庫に入れておきましたから。まあ明日来ますね」
ぺこ、と頭を下げて丘の方へ歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、
「あの笑顔を見たろう?大事な人を語る顔、ありゃあもう、大人の女の顔だねぇ。どんな男だろうと、あの顔で語られたら男冥利に尽きるもんさ」
「しかしあの若造にはもったいないなぁ。もうちょっと若かったらわしも・・・」
「あんた!」
背後でなにか、ばちーんと言う音が響いた。
不思議に思って、おばさん達の方を振り返る。
幸せそうな痴話ゲンカを見ると、つい昔の自分とカズマを思い出して少しだけ、切なくなる。
もう、カズくん。すぐにどっか行っちゃうんだから。
悪い、かなみ。ちょっとヤボ用なんだ。
でももう野菜もお米もないよ?
ほんと、ダメダメ。
はい、その通りです。すみません〜
情けなくうなだれるカズマの隣には、からかうように笑い転げる君島。
懐かしい、愛しい風景。
もう、もどらない景色。
そんな思い出に静かに一つ微笑んで、また顔を上げ歩き出す。
そう、それでも私は生き続ける。
私たちは生き続ける。
カタン
開けようとした扉の向こうで、物音がした。
かつての再隆起以来、だんだんと復興したロストグラウンド。
治安もずいぶん良くなったとはいえ、やはり用心は必要だ。
とりあえず、扉を開くのはやめ、ハラハラしながらも窓から中をそっとのぞく。
もしかして・・・という期待も押さえながら。
「あれ?ジャックさん?」
窓から見えた金髪の青年に声をあげる。
期待したあの少しくせのある茶髪の青年ではなかったけれど。
「かなみちゃん、ごめん、開いてたから入らせてもらってたんだ」
「開いてた?なんでだろ」
閉め忘れた覚えはないのに・・・と思いつつも、とりあえず荒らされたりしている様はないので、そのまま入りジャックにお茶を出す。
「ありがとう、でもごめんね、僕が期待した人物ではなくて」
好青年のいたずらっぽい笑みだ。
「えっ、そんな別に」
どぎまぎしつつ、お盆をさげようと立ち上がった拍子に、テーブルを揺らしてしまう。
「あっ」
湯気を立てていた紅茶がジャックの方へ散った。
「熱っ」
「大丈夫ですか!?すみませんっ」
「あ、かなみちゃん。大丈夫だから気にしないで」
急いで駆け寄り、服を拭こうとするかなみの手を右手で止め、向き合った時だった。
奥の寝室の扉が開いたのは。
「なんだ?かなみ、久々にゆっくりベットで寝てたのに騒がし・・・」
手をにぎりあう二人を見て言葉を切った青年の表情は、一瞬固まった後、そのまま瞬時に不機嫌なものになった。
「カズくんっ」
その扉から現れた人物を見るなり、感激に瞳をうるませ、青年に飛び付いた少女のそれとは裏腹に。
◇ ◇ ◇
「で?誰だよ、てめぇ」
どかんと横柄に椅子へ腰を降ろすカズマにも、さっとお茶を出す。
ここでも、こうしてお茶なども手に入り安くなってきていた。
「あ、こちらはジャックさん。隣街に住んでいるんだけど、たまに男手が必要な時に、来てくれているの」
「どうも」
かなみの紹介に少し頭をさげるジャック。
だが互いに瞳はどこか敵意を含んだままなのが明らかな目付き。
「あなたがかなみがいつも言っていた、カズマさんですか」
「かなみだと?呼び捨てにするな」
テーブルに離れて座り、何故か険悪な雰囲気の二人に、当惑する。
どうしてカズくん、不機嫌なんだろ。
また劉鳳さんと喧嘩したのかな。
だが何があったんだろうと、カズマが帰って来てくれているのだ。
「カズくん、帰って来てるなら言ってくれたら良かったのに」
鈍感なのか無邪気なのか、いや、ただカズマがいるという嬉しさに言葉を躍らせる。
「いや、ちょっと休んで、顔を見たらまたすぐに行くつもりだった」
「え・・・」
だが、カズマはかなみのそんな表情にも気付かずに、ぶっきらぼうに言い放った。
瞳は、自らが敵とみなした相手を離さない。
そのカズマと言う男の本質は決して変わっていなかった。
少年だったあの頃から。良くも悪くも。
そんなこと分かっていて、またそれも受け入れていても、やはり寂しい。
瞳を伏せる少女の姿に、ジャックは椅子を蹴って立ち上がり、カズマに掴みかかる。
「あなたはなんなんです?」
「あぁ?」
「かなみをこんなに心配させて、いつも待たせて、どんなに彼女が寂しい想いをしているか・・・!」
その言葉に、今までジャックを睨み上げていた視線を反らして悪態をつく。
逸らした視線は、心情を語る。
「あんたにゃ関係ないだろ」
「あります!」
何?とでも言うように顔を戻したカズマの目の前で、ジャックはかなみをの肩を抱き寄せた。
「てめ・・・っ」
「今日僕はかなみに一緒に住まないかと誘いに来ていたんです」
「え?」
かなみがきょとんと顔をあげた。
「本当だよ、こんな街から離れた場所で、女の子が一人住んでいるなんて危ないよ。たまに同居人が帰って来ると聞いていたから、どうしようかと思っていたのだけれど、こんな無責任人に任せられな・・・」
「ジャックさんっ」
かなみの声にハッ言葉を止めるが、目は本気だと語っていた。
困ったようにおりる沈黙を、突然バタンという音がやぶった。
カズマが扉を開けたのだ。
「良かったじゃねぇか、かなみ。お前ももうそんな年なんだな。まあそいつなら身なりも家もしっかりしてるみたいだし?オレが睨みつけても動じねぇ。見た目も姉ちゃんらが好みそうなツラだ。言うことねぇだろ?」
気楽な口調で後ろ手に手を振る。
「カ・・ズくん・・?何言って・・・」
顔は見えない。どんな顔でそんなことを言っているのか。
「あ、この家はこのままにして置いてくれ。たまにゆっくり寝たくなるんだ。
・・・元気でな、かなみ」
一度も振り向かないまま、いつものあのちょっとだけ猫背気味のやる気なさそうな、だけどどこか頼もしかった背中が遠ざかる。
それを少女は呆然と見送った。一筋、無意識にこぼれた涙にも気付かないまま。
ぱちぱちと音をたて、燃える炎が夜空へ小さな煙の筋を作る。
ネオンで明るく照らされた本土が遠くに見えるが、ここでは夜は本当に闇だ。
ただ、闇と言っても心地良い闇。
空を見上げれば、こうして届きそうな場所に優しく煌めく星があるのだから。
かなみはこの場所が好きだった。
昔、君島さんが、
『本土に生まれれば、かなみちゃんもこんな貧しい思いしなくてよかったのになぁ。なんであっちに生んでくれなかったんだろ、俺らの母ちゃん。なぁ?』
と笑いかけてきたが、かなみはカズマと出会い、過ごしたこの地が愛おしかった。
だけど、もう、待つことも許されなくなったのだ。
あの後、ジャックはすっかり沈み込んだかなみに、返事は今度でいいから、ゆっくり休むように言って一旦帰った。
それから今まで何をしていたのか、自分でも覚えていない。
気付けば夜になり、こうして庭の角で火をたいていた。
堪えられず、瞳を伏せた少女の顔を、小さく燃える火が照らす。
ゆらりゆらる明かりに、先程から胸にかかえていた木のプレートらしきものをほうり込んだ時、その小さな光に影が揺れた。
「誰?」
反射的に体を縮め、同時に体の周りが一瞬虹色に光る。
アルター能力。
かなみの能力は戦闘には全く不向きだが、これによって多少は事前に危険を避けられることもあったことからの、無意識の発動だ。
だが、それから伝わる心はどこか懐かしいものだった。
激しく熱く、優しく強く、そして儚い−−
「かなみ?」
現れた長身の男は、こちらの姿を認めて驚いたようにつぶやいた。
少女も固まったまま、そのくたびれ、あちらこちらに裂き傷が残った制服の人物を見上げ、名を呼んだ。
「劉鳳・・さん・・・」
◇ ◇ ◇
少女に傍らで温めていたミルク差し出され、受け取る。
「え・・と、お久しぶりです。あ、寒いですから、これどうぞ」
「ありがとう。どうしてこんな夜中に、こんな外にいるんだ?」
言って周りを見回す。
間違っても女の子一人で、外にいる時間でも気温でもない。
「劉鳳さんこそ、どうしてここへ?ずっとどこにも帰らないまま・・・そんなにボロボロになるまで」
言われて初めて今の自分の様子を見下ろした。
伸びるままに任された髪、もう肩下に迄来ている。
かつてのホーリーの制服、自分の信念の証でも有る服は、その気高さは失わないまでも、各所の痛みは激しかった。
それはまたあれ以来、ずっとただ自分の信じた未来を作る為、安らぐ間もなく戦い続けていたことを意味する。
もう数える気にもならない程の、アルター使用の負荷である体のひび割れを携えて。
「俺は・・・本土側の工作員を追っていた。内側からロストグラウンドを再び支配しようとする輩達を。それで、この辺りでその足取りが途切れた為、張っていたんだが、まさか奴を追っているうちにかなみのそばまで来ていたとは・・・。まあ、ロストグラウンドは狭いからな」
と、少女の向かいに腰を降ろす。
だが久々に見た少女は、その美しさに花をさかせたものの、今の表情に光はなかった。
なにかあったのだろうか。
そもそも、こんな夜更けにこんな場所にいる理由。
「そういえば、あの男、カズマはどうしている?たまには戻っているのか」
劉鳳の質問に、かなみの両肩がびくっとふるえた。
「カズくんは・・・もう戻って来ません・・・」
ぽたっ・・・
雫がが、かなみのカップに落ちる。
今日1日でもう、枯れ果てたと思った涙だったが、まだ残っていたらしい。
「どういう意味だ…?」
驚き、側に寄った劉鳳の腕にしがみつくように、少女は慟哭した。
あいつにも、人並みに大切な者の未来を心配出来るのだな。
俺達のような者を待ちつづけるよりも、身近な幸せへの道を示した…か。
・・・少々、あいつらしくは無いが。
かなみには申し訳ないが、話を聞いて一番先に持った感想が、それだった。
「カズマの気持ちも分からないではないが…」
劉鳳の小さなつぶやきに、かなみは顔を上げた。
「カズくんの気持ちが分かるのは、劉鳳さんも、そう思ってるから?」
「え?」
「水守さんなら、本土へは戻っていません。隣町で、学校の先生をやっています」
「何を・・・」
突然の話題に、劉鳳は慌てて額に当てていた手を放した。
そして、この目の前の少女は、自分の心も感じ取ってしまう存在だった事を思い出す。
「…何も、隠し事は出来ないか」
苦笑して、腕を組みなおした。
たき火の中に、自分の過去が映っているような気がして、目を細めた。
「しかし、だったらカズマの心も伝わってきていただろう?」
その問いに、隣の丸太に腰を下ろすかなみのポニーテールは、否定を表すように左右に揺れた。
「・・・私のこの力は、カズくんが何も言ってくれないから、それを知りたいと願う末のものだったりしたのかもしれません」
そこで一旦切って、少女は星空を仰いだ。
劉鳳も続いて、その小さな光達に目を向ける。
こうしていると、ふとデジャヴに襲われた。
そう、あの記憶を失った時‐‐‐
「だから、私カズくんの気持ちを読むのはやめました。でも、読まなくたって分かります。カズくんが私のため、とあんな風に言ったのは」
二人の目線の先で、一つ二つ星が流れた。
「けれど、カズくん分かってないんです。例えこのままカズ君を待ち続けて、どんな辛いことがあっても、カズくんが帰って来てくれるなら平気だってこと。そんな覚悟、最初にあなたを選んだ時にとっくに出来てるんだってこと」
まだ、10代半ばの少女がゆっくり、しっかりと語るそれは、もう充分に女性の輝きを持っていた。
そして同時にこれは自分にも言い聞かせられているのだと感じさせられる。
「本当、男の人達って分かってないんです」
そう、悲しそうに笑う。
「俺は・・・」
反射的に何を言おうとしたのか、口が開く。
だが、自分の内にある迷いが、葛藤がそうさせたのだと気付くなり、急いで口をつぐんだ。
かなみ相手では無駄だったかもしれないが、これは決して口に出してはいけない迷いだった。
−−−いくら、どんなに愛していても自分は水守の元に行くことは許されないのだから。
自分に命を捧げた少女の願いのために。
くしゅん!
そこで、小さなくしゃみと共に立ち上がりながら、
「それがシェリスさんの望みだったと思うなら、やっぱり劉鳳さんも分かってないです」
毛布でも取りに行くためだろう、家の方へ歩き出す。
「私が、捕まりながらカズくんや劉鳳さんたちの沢山の熱い想いを感じていた時、シェリスさんの気持ち、暖かでした。劉鳳さんの穏やかな微笑の未来を心に描いていました。自分はそこへの道を照らしつづけようと、決めていました」
「シェリスが・・・?」
そこで、ふわりと振り返った。
「あなたを想った二人の女性の願い---どうかあなたに幸あるように・・・」
ぱたん、と一旦扉がしまる。
劉鳳は、呆然とその後ろ姿を見送った後、口元を引き締め立ち上がった。
何かを決意したように。
そしてその手には、先ほど目にとまった、少しこげたあの木のプレートが握られていた。
かなみが二人分の毛布を抱えて戻った時、もう既に青年の姿はなかった。
復興しつつあるロストグラウンドにも、やはり、その新しい風に忘れられ、七年前の再隆起の時の傷を残したまま、岩肌を剥き出しにした場所もある。
そこの岩場で火もたかずに寝そべる青年は、何かを思うように眺めていた自らの右手を、少しずらして、どこからか飛んできた物体をキャッチした。
「何の用だ、劉鳳」
そして、背後に向かって声をかける。
声と同時に岩陰から出てきた青年は、ゆっくりと歩み寄りながら、だが、立ち止まることなく隣を通りすぎつつ口を開いた。
「俺は今まで色々回り道をしていたらしい。不器用なものだ」
「へっ・・・久々に顔見たと思えば、何を今さらほざいてやがる。俺もてめぇも元々そうだろう」
自重気味に言い捨てる。
「そうか。そうだな・・・だったら、お前も回り道をやめることだ」
「は?何言って…」
そこで、先ほど投げつけられたものに目が止まった。
こげた木のプレート。玄関の先につるす表札のようだ。
何故か燃やそうとしたものなのだと見えた。
そして、そこには2人の名前が彫りかけだった。
カズマとかなみ。
カズマの名前の上にも「Yuta」と彫りかけて、消してある。
もしかしたら、それは間違いではなく、望みからだったのかもしれない。
ずっと自分を信じて待つ、小さな少女の。
「あいつ・・・」
すすの残るそれを、ぎゅっと握り締めた。
と、そこで、歩き去ろうとしている劉鳳の背中に気付いた。何か、軽くなっている事に。
「劉鳳お前、行く・・・いや、『帰る』のか」
「ああ。追っていた工作員の目星もついたからな。ジャックの始末はお前に任せる。」
「な・・・!?あの野郎が本土の…!?」
思わず、跳ね起きる。
「そうだ。かなみまで目をつけられていたとはな。まあぶちのめすのはお前の得意分野だろう」
「そうか、あの野郎…! こっちは俺が始末つける。 お前はあの黒髪の姉ちゃんと久々に乳繰り合ってでもいろよ!」
「言っていろ」
言い捨て、アルター発動させるなり、街の方へと飛び去るカズマの姿を、苦笑交じりに見送る。
そして、自分も歩き出した。
光の行き着く場所へと。
次の日、かなみが起きると、扉がからん、と音がした。
不思議に思い、見るとそこには・・・
昨日燃やしてしまったはずの、あの表札。
釘が何本も曲がっているのに、無理矢理打ち付けられた後。
この不器用な打ち付け方、力任せにな彫り方は、あの人に決まっていた。
どこまでも飛びつづける渡り鳥のようなあの人。
Yuta Kazuma
Kanami
それは、ここがあの渡り鳥の巣だという証 ---
(おわり)



